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1936年 3月14日生〜1968年 4 月 7日没 | |
| F1デビュー | 1960年オランダGP | |
| 生涯戦績 | 72戦25勝 | |
| PP獲得数 | 33回 | |
| ファステストラップ | 28回 | |
| チャンピオン獲得数 | 2回 | |
誰もが1度は考えたことがあると思うが、『はたして歴代ドライバーの中でNO.1は誰なのだろうか?』と。真っ先に思い浮かぶのは、『ミハエル・シューマッハー』や『アイルトン・セナ』、『アラン・プロスト』あたりだろう。しかし、ジム・クラークの走りを知る人達は、『ジミーこそ史上最高の天才ドライバーだ!』と言う。時代を超えたドライバーどうしを比較するのは難しい事であり、実際には不可能である。ただ、一つだけ言える事は、当時のドライバーが誰もジム・クラークに太刀打ちできなかったということだけは事実だった。
クラークは、どんな車に乗っても速かった真の天才だった。それを物語るこんなエピソードがある。1966年秋、クラークはスコットランドで行われたラリーに特別出場した。しかしラリーに関してはまったく経験がなく、ぶっつけ本番でレースに臨んだという。そのコースには非常に狭く急なT字路があり、ほとんどのドライバーはコースアウトかするか、運が良くてもそこをクリアするために前進と後退を繰り返さなければならなかった。クラークはそのT字路が迫ってくると、シフトダウンを2回繰り返し両手を使って信じられないようなバランスを保ちながらステアリングを切り、ヒール&トゥをしながらT字路に進入していく。そして今度はシフトアップを2回し、あたかも普通のコーナーとなんらかわりないかのように、らくらくクリアしていった。トップクラスのラリードライバーで、コーナーを完璧にクリアできたとしても、せいぜいライバルにコンマ5秒差つけられればいいほうだという。ところが、クラークはそのT字路でなんと15秒も稼いでしまったのだ。
だが、多くの伝説と栄光に満ちたクラークの生涯は1968年のホッケンハイムで突然終わりを告げる。F1レースの合間を縫って参戦したF2レースで彼のロータスは時速241kmで木に激突してしまった。クラークはサーキット病院に向かう途中で息を引き取った。今までクラッシュしたことさえほとんど無く、かすり傷ひとつ負ったことのない天才ドライバーに一体何が起こったのだろうか?真相を知っているのは教会墓地に眠るクラーク本人だけだ。天才クラークの神話は今でも生き続けている。クラークの墓には誰が置いたとも知れぬ花束が今でも絶えないという。