ケケ・ロズベルグ(フィンランド)
1948年12月 6日生〜
F1デビュー 1978年南アフリカGP
生涯戦績 114戦5勝
PP獲得数 5回
ファステストラップ 3回
チャンピオン獲得数 1回

F1関係者のなかには、ロズベルグを偉大なドライバーの系譜で論ずるのはおかしいと批判するものもいる。その理由として彼の戦績が挙げられる。ワールドチャンピオンシップを獲得してはいるが、かなりツキが味方したものだったし、ポールポジションを取ったのも、レースで勝ったのもキャリアを通じて共に5回だけ。しかもそれらは、ホンダ・ターボ時代のウィリアムズや、TAGポルシェ・ターボ時代のマクラーレンといったように、マシンのアドバンテージを背景に記録されたものだった。しかしロズベルグは、その評価が数字に表れないタイプなだけだったのだ。

ロズベルグはとてもアグレッシブなドライバーで、ジル・ヴィルヌーヴやナイジェル・マンセルと同じタイプだった。彼は誰も恐れず、いまいましいくらい速かった。
その証拠に彼は、F1史上でもっとも速いラップタイムを記録している。それは平均時速257kmという、とんでもない記録だった。しかもこれは、タイヤがスローパンクチャーを起こしていたにもかかわらず記録されたものだった。

ロズベルグには、人並みかそれ以上に富を追求するギラギラしたところがあった。だが彼は富(金)のせいで性格が変わる、金に振りまわされるということが決してなかったのである。どんなに、富や名声を手に入れても、昔のままあけっぴろげで、言うことも辛辣なままで、エアコンの利いたモーターホームではなく、外に椅子を出してファンのサインに応じながら通りかかった人と誰となく陽気に会話をしていた。

そんな彼も、自身の限界を感じ、1986年かぎりで潔く引退する。引退後の彼はどうだろう?一線から退いたことで多少丸くなったり、おとなしくなっただろうか?とんでもない。ケケこと、ケイヨ・エリック・ロズベルグは昔と同じように、快活で、ギラギラと輝いていて、トゲトゲしくて、でも人間臭くて、陽気なままである。
今でも彼は、ミカ・ハッキネンやオリビエ・パニスのマネージャーとして、F1パドックの常連だ。

辛辣な言葉は、かなり深く、人の心を刺す場合がある。しかし、同じように辛辣であっても、その言葉を発するものによって『打撃』はずいぶんと違う。ケケ・ロズベルグも歯に衣着せぬものの言いかたに定評がある。彼は人と深く関わり合いたいと心底願っている。それゆえの辛辣さであるため愛されるのだ。

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