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1940年 2月28日生〜 | |
| F1デビュー | 1968年アメリカGP | |
| 生涯戦績 | 128戦12勝 | |
| PP獲得数 | 18回 | |
| ファステストラップ | 10回 | |
| チャンピオン獲得数 | 1回 | |
笑みを絶やすことのないマリオだが、幼少時代は暗かった。戦争による難民収容所住まいを強いられ悲惨な生活を送る。アンドレッティ一家は、過去を全て断ち切り、裸一貫でアメリカへ移住してきた。そして多くの移民と同様に、アンドレッティ一家はその時から過去ではなく、ただ未来を見つづけてきた。アンドレッティを語る際に、この悲惨な幼児体験を抜きにしては語れない。祖国を追われて無一文、ただしやる気と才能だけは豊富、しかも移住先は無限の可能性が開けるアメリカンドリームの国となれば、何かが起きないはずはなかった。
マリオ・アンドレッティは本物のスターだ。NASCARシリーズのデイトナ500マイルで優勝。インディ500マイルにも勝利。その後はル・マンにも2回参戦し、ついにF1でもワールドチャンピオンを獲得してしまうといった具合に、数々の記録を打ち立てた。またマリオの息子、マイケルとジェフリーもレーシングドライバーになり、モータースポーツ一家としても、多くの輝かしい記録を打ち立てることとなった。
1985年、マリオとジェフリーは、ミルウォーキーで行われたインディカーシリーズのスーパーVeeというイベントで、親子そろってポールポジションを獲得し優勝した最初のケースとなる。
1986年、マリオとマイケルがインディ史上フロントロウを分けた最初の親子になり、1990年のCARTの予戦では、マリオ、マイケル、ジェフリーにジョン(マリオの甥)と一族4人で予選を通過した最初のケースになった。まさにマリオ・アンドレティはアメリカンドリームを手に入れたのである。
マリオが行くところにはいつも人が群がり、握手やサイン責めに遭い、インタビューに次ぐインタビューを求められたが、彼は嫌な顔一つしなかった。『なに、質問があるの?いいよ、何でも聞いてくれ。答えるから。』
いつも、こんな具合である。恐らく同じ質問を何百回と受けたに違いない。でもマリオはイライラしたり、退屈な様子を微塵も感じさせない。決まり文句を繰り返すのではなく、まるで生まれて初めて質問されたかのように、新鮮な口調で質問に答えていた。
戦争難民からアメリカンドリームの具現者へ。マリオの中に流れているのは、やはり生来のスターの血なのだ。54歳まで現役レーサーとして活躍し、そして1994年レースの世界から身を引いた。