1950年代
F1グランプリの誕生

1946年、戦前のAIACR(国際公認自動車クラブ)から、新たな組織FIA(国際自動車連盟)が発足し、新しいグランプリ車両規定としてフォーミュラ・ワンを制定。それまで各レースオーガナイザーが個別に開催していたレースを初めて統一した年間シリーズの世界選手権として1950年にF1グランプリを開催した。
パリ・ルーエン間トライアルから56年後の1950年5月13日、第1回F1グランプリはイギリスGPとして10万人の観客を集めたシルバーストンで行なわれたのをはじめ、年間7戦が開催された。記念すべき初代ワールドチャンピオンはアルファロメオを駆るイタリア人の『ジュゼッペ・ファリーナ』。
'50年代前半はアルファロメオ、マセラッティ、フェラーリなどのイタリア勢力全盛時代だった。

最初のレギュレーションは、NA(自然吸気)が4500ccまで、スーパーチャージャー(機械式吸気)が1500ccまでというものだった。この時代のエンジンはまだまだ荒削りだったが、アルファロメオなどは1500ccから400馬力ものパワーを発生させていた。この時代にこれだけの大パワーを発生させていたことは驚くべきことである。'50年代は施行錯誤のなか、V16エンジンや直列8気筒エンジンなどの傑作エンジンも登場した。

'54年にメルセデス・ベンツが参戦し、時代をリードする新たなテクノロジーを満載したマシンでグランプリを席巻した。しかしメルセデスは'55年のル・マンで観客100名以上が死傷したモータースポーツ史上最悪の大惨事をおこしてしまい、この年限りでF1から撤退。その後はイギリスのクーパー、ロータスなどの新興チームが登場し、航空機産業からの技術フィードバックを得て、エンジンパワーだけでなく、シャシー性能を重視したマシンを開発していった。またイギリス勢の台頭は技術のみならず、『マイク・ホーソン』や『トニー・ブルックス』、『スターリング・モス』などのイギリス人ドライバーが活躍する時代に突入した。この頃から勢力図はイタリアからイギリスへと変わっていった。

'57年にクーパーが、それまでマシンのフロント部分に搭載していたエンジンをドライバーの背後に搭載した革新的なミッドマウントエンジンを導入した。マシンの運動性能は飛躍的に向上し、現代に通ずるミッドシップエンジン時代が到来する。

'58年からはドライバーズチャンピオンシップの他に、マシン製造チームのためのコンストラクターズチャンピオンシップのタイトルも生まれた。

1950年代は技術的な過渡期にあった。技術の進歩は目覚しく、エンジン規制に関してはNAと加給器付きエンジンとのバランスを保つために何度も排気量規制の調整が行なわれたのだった。

 

西暦 出来事 ドライバーズ・チャンピオン コンストラクターズ・チャンピオン
1950年 F1グランプリ開催
NA4500cc 加給器1500ccのレギュレーションでスタート
ジュゼッペ・ファリーナ  
1951年   ファン・マヌエル・ファンジオ  
1952年 NA2000cc 加給器500ccにレギュレーション改正 アルベルト・アスカリ  
1953年 アルゼンチンGPで49名の観客死傷事故発生 アルベルト・アスカリ  
1954年 NA2500ccにレギュレーション改正
メルセデス参戦
オノフレ・マリモン事故死(第6戦)
ファン・マヌエル・ファンジオ  
1955年 メルセデス撤退
アルベルト・アスカリがマシンテスト中に事故死
ファン・マヌエル・ファンジオ  
1956年   ファン・マヌエル・ファンジオ  
1957年 ミッドシップエンジンの登場 ファン・マヌエル・ファンジオ  
1958年 コンストラクターズ・チャンピオンシップの制定
ルイジ・ムッソ事故死(第5戦)
ピーター・コリンズ事故死(第7戦)
スチュワート・ルイス・エヴァンス事故死(第10戦)
マイク・ホーソン バンウォール
1959年 マイク・ホーソン交通事故死 ジャック・ブラバム クーパー・クライマックス

1950年以前 1950年代 1960年代 1970年代 1980年代 1990年代